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2009年9月29日 (火)

さよなら有田-3 旅立ち編

いよいよこの日がやってきた。 ありがとう。 また来っけん!

Arita

(2020製陶所 大塚佳恵)

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2009年9月26日 (土)

トリコロール

「自由」「平等」「博愛」

といえば、トリコロールですね。

こちらは、ジェラート屋のスプーンで作ったトリコロール。

Tricolore

そしてこちらは、僕の作っているコップ。

Photo_2

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2009年9月21日 (月)

ぐいのみ

僕は、焼き物を始める前からぐい呑みなどの器を骨董市などで見つけては買うのが好きだったので、この道に進んだのは自然な流れかなあなんて思っています。

写真は我が家の染付ぐい呑み。

Some

比較的安価で手に入る九谷や中国清朝のものですが、一度、古伊万里や唐津を手にしたいものです。

変わってこちらは僕が登り窯で焼いたぐい呑み。

Gui

今の時代、磁器を薪で焼くことはあまりありませんが、薪だと本来白い磁肌にオレンジ色の緋色(火色)が現れ、それが好きなのであえて釉薬を全体に掛けずに焼いています。

しかも、黒い釉薬を掛けることによって出来る強烈なコントラストが気に入っています。

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2009年9月18日 (金)

さよなら有田-2 まぜごはんの巻

有田に越してきて一番初めに知り合った大切な友達がいる。

澄んだ目をした彼女から発せられる明るくてやさしい声で有田弁が好きになって、

たびたびおすそ分けしてくれる野菜のおかげで、旬のものが何かを学んだ。

そして、彼女のお母さんは、私の有田のお母さん。

くりくりとした目で、いつでもにっこり微笑んでいる。

そんなお母さんに、関東に戻る前に、どうしてもお願いしたいことがあった。

それは、混ぜご飯。

Maze5han

以前、たまたま何かの話で、混ぜご飯の話になって、

炊き込みご飯でもなく、ちらし寿司でもない、混ぜご飯というジャンルを初めて耳にしたよー!と言った私のために、お母さんが作ってくれたのだった。

私の東京の実家で作らないだけなのか、東京にないものなのかは不明だけれど、初めて口にした混ぜご飯は、ちょっぴりの甘みが効いていて、ついつい食が進んでしまう味だった。

友達いわく、うちの混ぜご飯は、さばが入っているのがポイントなんだよ、とのこと。

そんな混ぜご飯を、もう一度食べたくて仕方がなかったので、強引にもリクエストをしてしまったのだ。

お母さんは、すぐさま作って友達に持たせてくれた。

その、おいしさたるや。わがままを言って本当によかった。

甘みとうまみを味わううちに、凝縮された思い出までもがふいに広がってきて、噛みしめるようにぐっと強く口をつぐんだ。

有田のお母さん、もう一つだけリクエストがあります。レシピを教えてください。

もちろん私にはあんなにおいしくは作れないだろうけど。

(2020製陶所 大塚佳恵)

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2009年9月15日 (火)

続 長崎

Oura_3

大浦天主堂

創建当時の建物は古写真で見ると現在のものとは違っていますが、それでも江戸時代からある教会だと思うとその歴史にただ驚いてしまいます。

有田は佐賀と長崎の県境にあるので、長崎にもよく遊びに行きます。

ここに住むようになってから、潜伏キリシタン(隠れキリシタンは俗語?らしい)を題材にした小説を書いている遠藤周作に興味を持つようになりました。

写真は、その遠藤周作が好んでよく散歩していたという、大浦天主堂脇の石畳の坂道です。

実は僕の父方の祖父母は、今でも潜伏キリシタンの子孫が多く住む生月島というところで先生をしていたらしいので、もしかしたら自分も潜伏キリシタンの子孫なんじゃないかと思ってましたが、この間、父に尋ねたら違っていました。

Photo

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2009年9月12日 (土)

長崎

Jiji

うちのじいさんが被爆後の浦上天主堂で撮った写真を引っ張り出してみました。

長崎の原爆資料館、初めて訪れた小学生の時、かなり嫌な気分になった思い出があるのであまり気は乗らなかったのですが、見てきました。

そこには歪んだ磁器の皿、おそらく釉薬が沸騰して表面がぶつぶつになった壺、重なったまま何枚もくっついてしまった皿などありましたが、それらはいずれも千何百度で起こるような現象なので、そこにいた人たちがそれぐらいの熱線、もしかしたらそれ以上の熱線を浴びたと考えると大変おぞましくなりました。

非常に難しいテーマなのでうまく語ることはできませんが、今回は焼き物をやっている人間の視点から改めて原爆の恐ろしさを実感しました。

Maria_2 左の写真は、じいさんの浦上写真を自分なりに解釈して現像した写真です。

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2009年9月 8日 (火)

さよなら有田-1

佐賀県西松浦郡有田町。
原村は2年半、私は2年間を過ごした町。

移り住むまでは、見ず知らずの土地で暮らすことへの不安に駆られていたのに、すぐに解け込み大好きになった町。

もうすぐ去ることを思うと、
朝起きてカーテンを開けたらすぐ目に飛び込んでくる
濃く深い緑色の山々と、突き抜けるような青い空のコントラストに
胸がぎゅんとなる今日この頃です。

そんなこんなで、新たなる土地へと旅立つ前に、
もう一度行っておかなくてはならぬ場所めぐりを施行中の我々。

先日は、豊臣秀吉による朝鮮出兵の際、鍋島藩が連れてきた陶工の一人で
ここ有田で日本初の白磁鉱を発見したと言われている李参平公を
「陶祖」として祀っている陶山神社へ行ってきました。

さすが、磁器発祥の地! 本殿の前には、磁器で作られた美しい鳥居が。

Photo_3

お守りももちろん磁器製。
「陶器商売繁盛」と書かれたお札と、
携帯用の愛くるしい干支お守りを購入しました。Photo_4

他の地で焼きものを始める私たちを、どうかどうか見守ってくださいますように。

Post

左の写真は、帰り道に立ち寄った郵便局で目が釘付けになり思わず買ってしまった有田町郵便局限定ハガキ。なんてかわいいんでしょう。

全国、同じデザインで各局の名前を入れ替えただけで販売していそうな気がものすごくしますが、「有田」と書かれているだけで愛おしさが増すのです。よいのです。

移転後の作業場に、お札と並べて置くことに決定!

(2020製陶所 大塚佳恵)

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2009年9月 5日 (土)

カップ&ソーサー

2020製陶所では現在、白、青白、黒、染付の器を作っています。

土は天草の磁土に白土を少々、それに唐津の砂を混ぜており、磁肌に砂の点々が現れて梨地に焼き上がるので、「梨磁」の器と呼んでいます。

Photo

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2009年9月 1日 (火)

はじめまして

みなさん、こんにちは。

2020製陶所(にまるにまるせいとうじょ)です。

佐賀の有田で作陶しています。

10月より拠点を埼玉の飯能に移すこととなりました。

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